テラヘルツ領域のメタマテリアル
大阪大学レーザーエネルギー研究センター 萩行 正憲

1. はじめに

 メタマテリアルという言葉を最近よく聞くようになりましたが、何となく魅力的な言葉ですが、怪しげな感じもまたあります。メタマテリアルとは、電磁波の波長よりも十分小さな人工構造要素(「メタ原子」と呼ばれる)を並べて作った人工構造体で、有効誘電率や有効透磁率が自然界にある物質では不可能あるいは困難な値をとるように設計することも可能です1)。このメタマテリアルの出現は2000年前後ですが、1960年代末に誘電率(ε)と透磁率(μ)が同時に負になったら何が起こるかを考えた研究者がいました。ロシアのVeselagoです。図1は、2年前にVeselagoが私の研究室を訪れたときの写真で、背の高い人物です(ちなみに、右側が筆者)。

図1 伝説の人Veselago先生
このような物質は、左手系媒質とも呼ばれますが、彼の結論は驚くべきもので、このような物質に光(電磁 波)が入射すると屈折は通常とは反対方向に起こり(負の屈折)、また、チェレンコフ放射やドップラー効果が通常とは逆になるというものでした。負の屈折は米国のSmithによってマイクロ波領域で2001年に実証されました。自由にεとμが設計できると、屈折率が高いのに反射損失がない物質を作ったり、εとμを特別な分布を持つように設計し物体を覆うとあたかも存在しないように隠すことができる透明マントが実現できるなど、従来の光学の教科書を書き変えねばならなくなるということがわかってきました。

2. メタマテリアルの基本

 図2は、どうやってメタマテリアルを構成するかを示したものです。金属でできた分割リング共振器(SRR)は、電磁波の磁場がリングを貫くと起電力が発生し、周回電流が流れます。この構造はLC共振器でもあるので、共鳴周波数より少し高い周波数で負の透磁率を与えるような磁気応答を示します。また、金属ワイヤーを並べたものは、気体プラズマと同じくある有効プラズマ周波数以下で負の誘電率を示します。これらを組み合わせると、ある周波数領域でεもμも負の人工物質が実現できることが先に述べたSmithによって実験的に示されました。これらの構造要素、即ちメタ原子の設計は大きな自由度があり、目的に合わせた設計が可能です。


図2 メタマテリアル構成の代表例

3. テラヘルツ領域のメタマテリアル

テラヘルツ領域は、メタマテリアルにとって様々な構造を試すにも、また、実用的な意味でもとても好都合な周波数領域です2)。メタ原子の大きさは数十ミクロン程度、作製精度はシングルミクロンオーダーです。この意味では、既存の技術で使えるものがたくさんあります。また、バルクな試料といっても1センチくらいで十分であり、マイクロ波と違ってメートル級の試料は不要です。半導体などを素材に使うと、アクティブなメタマテリアルも比較的簡単に作れます。  テラヘルツメタマテリアルは、通常はリソグラフィで作られますが、これは、1個の試料を作るにもフォトマスクも必要ですし、真空蒸着やリフトオフなどのやや複雑なプロセスも必要です。そこで、私たちは、新しい国産技術である超微細インクジェットプリンタ(SIJP)を使うことを思いつきました3)。これは、基板に金属ナノペーストインクで構造を印刷し、200℃強で熱処理するだけで、金属構造物を作ることができる技術です。図3はそうやって作ったSRRと閉リング共振器(CRR)配列の写真と透過スペクトルです。SRRでは0.4 THzに磁気的な共振による透過のディップが現れますが、CRRでは消滅しています。現在、このSIJPを用いて、アクティブなテラヘルツ素子も作製中です。また、信州大の宮丸他はこれとは別の方法でフレキシブル基板上にSRR配列を作製し、それを積層することで20万個にも及ぶSRRを含む真の3次元バルクメタマテリアルを実現しています4)。


図3 超微細インクジェットプリンタでシリコン基板上に作製した平面メタマテリアル

4. むすび

メタマテリアル研究は我が国でも盛んになりつつあります。学振の先導的研究開発委員会と国際高等研プロジェクトは合同で「メタマテリアルの開発と応用」研究会を定期的に開催しています。テラヘルツと同様、将来は一大研究分野になるのではないかと期待しています。皆さまのご協力をお願いいたします。

参考文献
1) 石原照也監修, 「メタマテリアル −最新技術と応用-」(シーエムシー出版、2007).
2) 萩行正憲, 宮丸文章, 応用物理 78, 511 (2009).
3) K. Takano et al., Appl. Phys. Express 3, 016701 (2010).
4) F. Miyamaru et al., Appl. Phys. Lett. 96, 081105 (2010).